なぜ勉強するのか③
養老孟司さんの動画を見ていたら、自然と覚悟のお話に。
人間も自然であり、昔の人は「土へと還る」と表現し、それを理解していた。それを受け入れる覚悟があったというようなことをおっしゃっていた。
僕は勉強するのは、自分の資質を知るためでもあると考えている。
それは自分に合ったことを探すことといえそうだけど、もちろんそうなんだけれど、一概にそうとは言えない。
これを考えている時に、自然と覚悟というワードに刺激をうけ、また深掘りしてみた。
合ったことことは、好きなことはニアイコールであり、イコールじゃない。
こうしたい!
という願望は、必ずしもピュアなものではない。
人は環境適応のために外部の影響を受けるものだとした時、願望が自分のものかどうか判断しづらいから。
だから、願望ではなく、資質の面から「合う」を見つけるために願望の起源と理由を探る。そのための訓練が勉強であり学びなんだろうとおもう。
そのときに自然である自分、ピュアな部分、資質が探索のキーワードになるのではないだろうか。
茶昊