自己肯定感の始まり
深森さんの自己肯定感の話から、その熟成について少し自分なりに考えてみました。
僕は自己肯定感が低いと言われてきた人間なので、その根深さはなんとなくわかります。自己否定の沼にハマるようなものです。
深森さんは自分と周りの人を大切にしてくださいと最後に記していましたが、僕も同じ想いです。
自己肯定感を高めることは、正しいと思うこと、正しくないと思うこと、色々な思いを起こす自分の心の揺らぎを受け止めてあげることだと思います。
ただ陽気であったり、楽天的であることとは少し違います。良いもわるいも深く受け止める、謙虚さが伴うからです。
そうやって自己肯定感をゆっくりと時間をかけて高めるには、自分の芯を感じることが必要だと思います。芯は、自分を衝き動かす根本的な志向、つまり人生哲学のようなもののイメージです。
それを帰納法的にみつけるのか、仮定法的にみつけるのか、それは個々に性質が異なるのでそれぞれの現状に合わせて始めるしかありません。
人の言葉、本の一文、経験、何かをきっかけにして、自分の好き嫌いや嘔吐、興奮、感情や考え方。
それを理解するために試行錯誤やフィードバックを繰り返すこと。その中で、自分の根本部分のなにか見えてくる思いを大切にします。芯のシルエットに近いものです。
自分以外の存在に助けてもらいながら、まず芯のシルエットの探求をすることが自己肯定感につながるのではないでしょうか。
それは自分以外の存在を肯定することでもあり、肯定できる自分がいることを肯定することでもあります。その積み重ねも肝心です。
自分の肯定を求めれば求めるほど肯定感から遠ざかる気がしたら、自己肯定を執拗に求めず。
とにかく自傷のようなむやみな自己否定を繰り返してしまうのであれば、その暇をつくらず。
ただただ芯の探求から始めるのもありかなと僕は思います。
自己肯定や自己否定を振り切るように、探求に時間を使うイメージです。
茶昊